トンデモない一行知識の世界 OLD - 唐沢俊一の「雑学」とは -

一部で有名な唐沢俊一の一行知識に、ツッコミを入れたり派生トリビアを書いたり。
「愚かで分別のない人と思われたいなら、唐沢俊一のトリビアを引用しなさい。」

 
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2008/5/17  10:54

くだん、牛魔王、覚えてますか?  その他の雑学本 間違い探し編

『裏モノの神様』 くだんのはは P.142
唐●神様、神様は「くだん」を知ってますか?
神●神様を馬鹿にしてはいかん、人面牛身のばけものじゃろう。
生まれてすぐ死ぬが、死ぬ前に必ず当たる予言をするというやつじゃな。
唐●最近「あれは実話だそうですね」と、あるところで言われまして。
神●世の中は混迷しておるからな。〈略〉
唐●それはわかるんですが、小松左京の『くだんのはは』という怪奇小説、
あれが実話をもとにしている、という噂がひろまっているんです。
〈略〉
唐●僕みたいな古いSF者には、今の若い連中が「くだん」を信じている、
ということより、小松左京の作品が読まれてないんだなあ、ということの
方がショックでしたね。

内田百閒の小説を始めとする一般的な (?) 件 (くだん) の説明としては、「人面牛身の
ばけもの
」というのは決して間違っていないのだが、2ちゃんねるのスレで指摘されて
いた (Read More 参照) ように、ここで唐沢俊一が語っているのは、もっぱら「小松左京
の『くだんのはは』という怪奇小説
」について。

小松左京の『くだんのはは』に登場する少女は、人面牛身ではなくて牛面人身。

だから牛小屋などではなく家の中で生活していたのだし、石森章太郎が漫画化した
作品の方をちらっとでも覚えていれば、「古いSF者」がこんな間違いをするということは
本来ありえないはずなのだが……。

http://ja.wikipedia.org/wiki/件
>また、芦屋市・西宮市間が空襲で壊滅した時、ある肉牛商の家の焼け跡に牛女が
>いた、おそらくその家の娘で生まれてから座敷牢に閉じ込められていたのだろうと
>いう噂などが残されている。
>小説家小松左京はこれらの噂に取材して小説『くだんのはは』を執筆したため、この
>牛女も件の一種とする説もある。 が、幕末期の件伝承と比較すると、
>・件は牛から生まれるが、牛女は人間から生まれる。
>・件は人面牛身、牛女は牛面人身。
>・件は人語を話すなど知性が認められるが、牛女にはそれが認め難い。
>といった対立点があり、あくまでも件と牛女は区別すべきと言う主張もある。





http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1210096847/269-

269 :無名草子さん:2008/05/11(日) 13:22:25
『裏モノの神様』 くだんのはは P142

>唐●神様、神様は「くだん」を知ってますか?
>神●神様を馬鹿にしてはいかん、人面牛身のばけものじゃろう。
>生まれてすぐ死ぬが、死ぬ前に必ず当たる予言をするというやつじゃな。

「人面牛身のばけもの」というのは間違いではない。しかし、ここから話題は小松左京の
『くだんのはは』になっていく。あれは実話なのではないかと『新耳袋』に書かれたとか。
さらに[付録]のP212~P214にかけてもこの件について書き綴っているくせに、小松左京の
書いた「くだん」が牛面人身の化け物だったことには一言も触れていない。これまた、
本当に読んだのかよ、と突っ込みたくなる。

274 :無名草子さん:2008/05/11(日) 13:37:59
>>268
石森章太郎の漫画の方も読んでいない or 読んでいてもすっぱり忘れた
ってことかな。ある意味スゲーな。




2008/5/19  1:08

投稿者:トンデモない一行知識
http://tondemonai2.web.fc2.com/

はじめまして。(_ _)

http://www13.atwiki.jp/tondemo/pages/67.html
の方には、以下のように要約されている件ですね。

>しかし、話題は小松左京の『くだんのはは』に移っていく。あれは
>実話をもとにしているとは『新耳袋』に書かれたことだとか。

>>小松左京の作品が読まれてないんだなあ、ということの方が
>>ショックでしたね。
>  という件(“くだり”です。“くだん”じゃないよ)は、『くだんの
>はは』にはギャグもナンセンスもないので、小松らしくなく、事実
>を書いたのでは、と主張する『新耳袋』の執筆者に向けた言葉。
>小松左京をちゃんと読んでいれば、単なるギャグ作家だとは思わな
>いはずという論旨なのだが、 自称古いSF者 に至っては、 『くだ
>んのはは』そのものも、読んでいないのではないか と勘繰りたくな
>る。

唐沢俊一の本の方を読み返してみると、なるほど「新耳袋」および
木原浩勝氏らへの批判のつもりだったのかとは思うのですが、何か
その論理もちょっとアレなものなので、批判として機能していない
んじゃないかと思ったりします。

たとえば、「実話をもとにしている話」というのを否定するために
「極めて緻密に構成された話」だから「プロの作り話」とわかると
しています。しかし、プロならば、実話をもとにしつつ、緻密に
構成された話にしあげることは可能じゃないか、それとも実話をもと
にした小説はすべて「極めて緻密に構成された話」じゃなくなると
でも?と思います。

それと、「小松左京の作品にしては、ギャグもナンセンスもないのが
おかしい」(「新耳袋」の読者が本当にそう主張していたかどうかも
怪しいのではないかと思いますが) に反論するのはよいんですが、
「怪談を書くときにギャグなど入れるわけはないではなか」には少々
異論をはさみたくなりました。w

2008/5/18  23:26


こんにちは。

個人的には件の姿形に対する誤認よりも、唐沢氏が「くだんのはは」は実話を元にしている、という話を完全に否定している事が気になるのですが。
引用中にも「これらの噂を取材して」と書かれていますが、小松先生自身が信じていたかどうか、実際に牛面人身の怪物が実在したかどうかなどは置いておいて、当時の「件が生まれたらしい」という都市伝説を基にして書かれた小説なのであれば、別に「あれは実話だそうですね」という発言も奇妙ではない気がします。だいたい、その事で「小松左京の作品が読まれてない」などという話に結びつく事の方が不自然ですし。

あと、この話については、どうも「新耳袋」の編者である木原浩勝氏と中山市朗氏に対する攻撃の色合いが濃いんじゃないかなぁと、読んだ当時に思った記憶があります。そもそも唐沢氏は「新耳袋」のコンセプトをキチンと理解した上で言っていたのかどうか、それ自体が疑問でしたが。
あと、新耳袋の第10集カバー下には、木原氏がフィールドワークの末に発見したという件の剝製(?)の写真が掲載されていますね。下記URLに同じものの写真が載っています。
http://web.archive.org/web/20050405225841/http://www.higan.net/mt/archives/000505.html
この剥製が偽物か本物かなどは関係なく、木原氏の興味を持った物事について研究とフィールドワークを重ねる姿勢は評価に値するのではないかな、と思います。安易に「トンデモ」と片付ける人もいるかとは思いますが。

   
 
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