トンデモない一行知識の世界 OLD - 唐沢俊一の「雑学」とは -

一部で有名な唐沢俊一の一行知識に、ツッコミを入れたり派生トリビアを書いたり。
「愚かで分別のない人と思われたいなら、唐沢俊一のトリビアを引用しなさい。」

 
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2008/5/6  13:25

オカルトマニアじゃなくても知っているよ<手首に釘説  『トンデモ一行知識の逆襲』間違い探し編

『トンデモ一行知識の逆襲』 P.216 ~ P.217
 イエスキリストは、磔にされたとき、実際には手のひらではなく手首に釘を
打たれた。手のひらに釘を打つのは後世の作家たちの創作である。
〈略〉
 また、敬虔な信者たちが、ときおりキリストの磔刑の痕が神体に浮き出て、
血がにじみ出すという現象(スティグマという。聖痕のこと)を見せ、奇跡と
される場合があるが、この傷がまず大抵は歴史的に間違っている手のひら
に出る、などという知識は、はしゃいで披露した途端にオカルトマニアたちに、
とんでもない不心得ものとしてバッシングされることだろう。

キリストが磔にされたときには「手首に釘を打たれた」などという、『ムー』にちょくちょく
載っていたような小ネタの披露にバッシングするなんて、どんなオカルトマニアかと。

ちなみに、手のひらに釘を打たれて磔にされたのでは体重を支えきれないで手が裂けて
しまう、最近の考証では手首に釘を打たれたというのが有力だ――という話の続きには、
だから手首に釘を打たれた痕らしいものが見える「トリノの聖骸布」は、信憑性があるだの
ないだのということが語られることも多い。確か『ムー』の記事もそんな感じだった。

一方、手のひらに聖痕を発現させていた人たちはどうなったかというと、今度は手首から
血を流す人が出てきたそうだ。その真偽は不明だが、人間の柔軟性というものについて
考えるのには、よい話でないかと思う。

http://members.aol.com/nishitatsu1234/zatsudan/SaintLonginus.htm
>- 聖痕
>余談ですが「聖痕」と言って、復活祭が近付くと、手の平から出血する人がいるらしいで
>すが、あれは根拠がない。多くは自分で傷を付けて出血させているだけだとされている
>そうです。解剖学的に「手の平に釘を打って磔にしても、手の肉では体重を支えられな
>い事は明らか。体重を支えようとするなら、手首に釘を打つ必要がある」そうです。以前
>は「手の平から出血する人ばかり」だったのに、この事実が知られるようになると急に
>「手首から出血する人が出てきた」という話を聞いた事があります。いたずらも大概に
>しなさいって(爆笑)



   
 
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