2008/5/5 0:25
カツオにカラシもいけそうな気がします その他の雑学本 間違い探し編
『笑うクスリ指』 P.58
少なくとも「宝井其角」が、「知り合いの歌舞伎役者」に鰹の句を送ったという話はない。
宝井其角ならば、相手は絵師の英一蝶で、流されたのは「八丈島」ではなくて三宅島。
「八丈島に流された」「歌舞伎役者」の句という説をとるのならば、遠島になった生島
新五郎と句のやり取りをしたのは二代目・市川菊五郎。「宝井其角」は登場しない。
句とその作者には諸説あるようで、ググったかぎりでは以下の 3 つのパターン:
1. 三宅島に流された絵師・英一蝶が、俳人・宝井其角に送った句が
「初がつお からしがなくて 涙かな」。返しが「そのからし きいて涙の かつおかな」。[1]
2. 八丈島に流された歌舞伎役者・生島新五郎が、二代目・市川菊五郎に送った句が
「初がつお からしがなくて 涙かな」。返しが「そのからし きいて涙の 初かつお」。[2]
3. 俳人・宝井其角が、三宅島に流された絵師・英一蝶に送った句が
「初がつお からしがあって 涙かな」。返しが「初がつお からしがなくて 涙かな」。[3]
(上の表記は、「かつお」「からし」「きいて」と平仮名にしたが、元のサイトの表記は「鰹」
「松魚」「芥子」「効いて」のこともあり。「辛子」はあまり見られない)。
3. が一番唐沢説に近いけど、英一蝶は「歌舞伎役者」じゃないし、贈句と答句が逆に
なっている。
[1] - http://www.shimin-kyodo.sakura.ne.jp/bungei/aichikogan/tokaido112.htm
>流されびと英一蝶 4
> 江戸の俳人、宝井基角とのやりとりが知られている。
> 初鰹カラシが無くて涙かな 一蝶の贈句
> そのカラシ効いて涙の鰹かな 基角の答句
[2] - http://www.yosakoi45.co.jp/zatsugaku/index2.html
>江戸時代、徳川家継の生母に仕えた大奥の老女・絵島とのスキャンダル(絵島事件)
>で遠島になった役者の生島新五郎が、配所から二代目・市川菊五郎によせた句が
>「初松魚(はつかつお)からしがなくて涙かな」そのかえし句が「その芥子きいて涙の
>初かつお」です。
[3] - http://blogs.yahoo.co.jp/kantoshoue/6852934.html
>宝井其角が島流しになった一蝶を思い手紙を出しました。その中の俳句に
>「初鰹 からしがあって 涙かな」 と書いたのです。
>初鰹も食べられないでしょうと気持ちを察したのです。これに一蝶は、俳句を返します。
>「初鰹 からしがなくて 涙かな」 と返しました。粋ですね。
>ちっとも悪びれるところがない。「罪なんか犯していない。幕府に絵描きが物申したまで
>だと言いたかった」んでしょう。島ですから鰹は食べれても芥子(和がらし)がなかったん
>です。江戸っ子気質を楽しんだ一蝶は、芥子の刺激がないのに物足りなかったんです。
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1208837414/121-
121 :無名草子さん:2008/04/23(水) 09:28:50
『笑うクスリ指』 幻冬舎 P58
>俳人・宝井其角は、罪を得て八丈島に流された知り合いの歌舞伎役者が送ってきた、
>「初がつお 辛子がなくて 涙かな」
>という句を見て、
>「初がつお 辛子があって 涙かな」
>と、詠んでかえしたという。
「「初がつお 辛子がなくて 涙かな」。調べれば直ぐに分かることだが、英一蝶の句。
一蝶は歌舞伎役者ではなくて絵師である。また、正確には三宅島に流された後に、八丈島に
送られた。多分、唐沢はと同じく島流しにあった、歌舞伎役者の生島新五郎と混同しているのだろう
(生島新五郎がこの句の作者だという説もある)。ただし、その場合は受けたのは市川團十郎。
そして、肝心の其角の答句だが、「初がつお 辛子があって 涙かな」って、
この句の意味が分かる人いますか? 其角の答句は「そのカラシ効いて涙の鰹かな」である。
この短い文章の中にこれだけのガセを盛り込むのは、もはや名人芸といってもよい。
122 :無名草子さん:2008/04/23(水) 09:52:14
つまり正しくは
>歌舞伎役者・市川團十郎は、罪を得て三宅島に流され(後に八丈島)た知り合いの絵師・英一蝶が送ってきた、
>「初がつお 辛子がなくて 涙かな」
>という句を見て、
>「そのカラシ 効いて涙の 鰹かな」
>と、詠んでかえしたという。
って事ですか?
正しいのは
>「初がつお 辛子がなくて 涙かな」
だけ?
807 :無名草子さん:2008/05/04(日) 23:16:51
>>121
「初鰹 からしがあって 涙かな」の説。
これだと、唐沢説と順番が逆になるけど。
http://blogs.yahoo.co.jp/kantoshoue/archive/2008/4/24
>宝井其角が島流しになった一蝶を思い手紙を出しました。その中の俳句に
>「初鰹 からしがあって 涙かな」 と書いたのです。
>初鰹も食べられないでしょうと気持ちを察したのです。これに一蝶は、俳句を返します。
>「初鰹 からしがなくて 涙かな」 と返しました。粋ですね。
>ちっとも悪びれるところがない。「罪なんか犯していない。幕府に絵描きが物申したまで
>だと言いたかった」んでしょう。島ですから鰹は食べれても芥子(和がらし)がなかったん
>です。江戸っ子気質を楽しんだ一蝶は、芥子の刺激がないのに物足りなかったんです。
俳人・宝井其角は、罪を得て八丈島に流された知り合いの歌舞伎役者が
送ってきた、
「初がつお 辛子がなくて 涙かな」
という句を見て、
「初がつお 辛子があって 涙かな」
と、詠んで返したという。
少なくとも「宝井其角」が、「知り合いの歌舞伎役者」に鰹の句を送ったという話はない。
宝井其角ならば、相手は絵師の英一蝶で、流されたのは「八丈島」ではなくて三宅島。
「八丈島に流された」「歌舞伎役者」の句という説をとるのならば、遠島になった生島
新五郎と句のやり取りをしたのは二代目・市川菊五郎。「宝井其角」は登場しない。
句とその作者には諸説あるようで、ググったかぎりでは以下の 3 つのパターン:
1. 三宅島に流された絵師・英一蝶が、俳人・宝井其角に送った句が
「初がつお からしがなくて 涙かな」。返しが「そのからし きいて涙の かつおかな」。[1]
2. 八丈島に流された歌舞伎役者・生島新五郎が、二代目・市川菊五郎に送った句が
「初がつお からしがなくて 涙かな」。返しが「そのからし きいて涙の 初かつお」。[2]
3. 俳人・宝井其角が、三宅島に流された絵師・英一蝶に送った句が
「初がつお からしがあって 涙かな」。返しが「初がつお からしがなくて 涙かな」。[3]
(上の表記は、「かつお」「からし」「きいて」と平仮名にしたが、元のサイトの表記は「鰹」
「松魚」「芥子」「効いて」のこともあり。「辛子」はあまり見られない)。
3. が一番唐沢説に近いけど、英一蝶は「歌舞伎役者」じゃないし、贈句と答句が逆に
なっている。
[1] - http://www.shimin-kyodo.sakura.ne.jp/bungei/aichikogan/tokaido112.htm
>流されびと英一蝶 4
> 江戸の俳人、宝井基角とのやりとりが知られている。
> 初鰹カラシが無くて涙かな 一蝶の贈句
> そのカラシ効いて涙の鰹かな 基角の答句
[2] - http://www.yosakoi45.co.jp/zatsugaku/index2.html
>江戸時代、徳川家継の生母に仕えた大奥の老女・絵島とのスキャンダル(絵島事件)
>で遠島になった役者の生島新五郎が、配所から二代目・市川菊五郎によせた句が
>「初松魚(はつかつお)からしがなくて涙かな」そのかえし句が「その芥子きいて涙の
>初かつお」です。
[3] - http://blogs.yahoo.co.jp/kantoshoue/6852934.html
>宝井其角が島流しになった一蝶を思い手紙を出しました。その中の俳句に
>「初鰹 からしがあって 涙かな」 と書いたのです。
>初鰹も食べられないでしょうと気持ちを察したのです。これに一蝶は、俳句を返します。
>「初鰹 からしがなくて 涙かな」 と返しました。粋ですね。
>ちっとも悪びれるところがない。「罪なんか犯していない。幕府に絵描きが物申したまで
>だと言いたかった」んでしょう。島ですから鰹は食べれても芥子(和がらし)がなかったん
>です。江戸っ子気質を楽しんだ一蝶は、芥子の刺激がないのに物足りなかったんです。
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1208837414/121-
121 :無名草子さん:2008/04/23(水) 09:28:50
『笑うクスリ指』 幻冬舎 P58
>俳人・宝井其角は、罪を得て八丈島に流された知り合いの歌舞伎役者が送ってきた、
>「初がつお 辛子がなくて 涙かな」
>という句を見て、
>「初がつお 辛子があって 涙かな」
>と、詠んでかえしたという。
「「初がつお 辛子がなくて 涙かな」。調べれば直ぐに分かることだが、英一蝶の句。
一蝶は歌舞伎役者ではなくて絵師である。また、正確には三宅島に流された後に、八丈島に
送られた。多分、唐沢はと同じく島流しにあった、歌舞伎役者の生島新五郎と混同しているのだろう
(生島新五郎がこの句の作者だという説もある)。ただし、その場合は受けたのは市川團十郎。
そして、肝心の其角の答句だが、「初がつお 辛子があって 涙かな」って、
この句の意味が分かる人いますか? 其角の答句は「そのカラシ効いて涙の鰹かな」である。
この短い文章の中にこれだけのガセを盛り込むのは、もはや名人芸といってもよい。
122 :無名草子さん:2008/04/23(水) 09:52:14
つまり正しくは
>歌舞伎役者・市川團十郎は、罪を得て三宅島に流され(後に八丈島)た知り合いの絵師・英一蝶が送ってきた、
>「初がつお 辛子がなくて 涙かな」
>という句を見て、
>「そのカラシ 効いて涙の 鰹かな」
>と、詠んでかえしたという。
って事ですか?
正しいのは
>「初がつお 辛子がなくて 涙かな」
だけ?
807 :無名草子さん:2008/05/04(日) 23:16:51
>>121
「初鰹 からしがあって 涙かな」の説。
これだと、唐沢説と順番が逆になるけど。
http://blogs.yahoo.co.jp/kantoshoue/archive/2008/4/24
>宝井其角が島流しになった一蝶を思い手紙を出しました。その中の俳句に
>「初鰹 からしがあって 涙かな」 と書いたのです。
>初鰹も食べられないでしょうと気持ちを察したのです。これに一蝶は、俳句を返します。
>「初鰹 からしがなくて 涙かな」 と返しました。粋ですね。
>ちっとも悪びれるところがない。「罪なんか犯していない。幕府に絵描きが物申したまで
>だと言いたかった」んでしょう。島ですから鰹は食べれても芥子(和がらし)がなかったん
>です。江戸っ子気質を楽しんだ一蝶は、芥子の刺激がないのに物足りなかったんです。
2008/5/11 0:14
投稿者:トンデモない一行知識
http://tondemonai2.web.fc2.com/
http://tondemonai2.web.fc2.com/
2008/5/10 19:46
投稿者:トンデモない一行知識
http://tondemonai2.web.fc2.com/
http://tondemonai2.web.fc2.com/
>こと「初鰹」に関しては、刺身でしょうね。
ですねー。
で、「そろそろ初カツオのシーズン~私の推理なのだが。」はもう
独立したエントリで書こうかと思っていますので少々お待ちを。
あ、もちろん、ここのコメント欄に継続して書いていただいても、
無問題です。
ですねー。
で、「そろそろ初カツオのシーズン~私の推理なのだが。」はもう
独立したエントリで書こうかと思っていますので少々お待ちを。
あ、もちろん、ここのコメント欄に継続して書いていただいても、
無問題です。
2008/5/10 15:27
投稿者:藤岡真
こと「初鰹」に関しては、刺身でしょうね。脂が乗って血なまぐさくなった“戻り鰹”なんかは、タタキで大蒜(生姜)ってことになると思いますが。
2008/5/10 14:29
投稿者:トンデモない一行知識
http://tondemonai2.web.fc2.com/
http://tondemonai2.web.fc2.com/
ああ、確かに唐沢俊一は P.59 で「食べ方がすたってしまった」と
書いてしまっていますね。で、それに続く文章が、
>殺菌性とカツオとの相性においてカラシを上回るニンニクという
>薬味の定着が原因ではないか、というのが私の推理なのだが。
って、「単なる文化伝承の途中の忘却ではない、何か理由があったの
ではないか」なんて大げさなことホザかなくとも、鰹のタタキという
料理がメジャーになったというだけのことではないかという気もしま
すが。薬味はニンニクだけでなく、生姜やタマネギも忘れないでと
いう方向で。
で、タタキでなくてお刺身とかだったら、やっぱり生姜かワサビで
あって、ニンニクではないでしょう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%e3%82%ab%e3%83%84%e3%82%aa
>刺身(芝づくり)
>刺身は美味とされるが、近縁のサバと同様に傷みが早い。〆方
>(しめかた)の方法により味が大きく異なってしまうとされ、
>〆る方法は漁師の腕の見せ所となっている。鰹の刺身は、本来
>皮付きにつくり(これを芝づくりという)、芥子醤油で食べる
>ことが古くは江戸の風俗であったが(英一蝶に「初鰹芥子がなくて
>涙かな」の句がある)、現代では鮪などと同様皮を落とし、生姜
>もしくはわさびで食べることが多い。特に生姜はカツオ料理の付け
>合せの代名詞的存在となっていて、カツオの旬の時期になると付随
>して生姜の売れ行きも伸びるほどである。上記の食べ方以外に、
>醤油マヨネーズを付けて食べる事もある。これは昔、ある漁船の
>船員が誤ってマヨネーズを掛けたサラダに鰹の刺身を落としてしま
>い、食べてみたら不思議と美味しかったと言う伝えがある。
書いてしまっていますね。で、それに続く文章が、
>殺菌性とカツオとの相性においてカラシを上回るニンニクという
>薬味の定着が原因ではないか、というのが私の推理なのだが。
って、「単なる文化伝承の途中の忘却ではない、何か理由があったの
ではないか」なんて大げさなことホザかなくとも、鰹のタタキという
料理がメジャーになったというだけのことではないかという気もしま
すが。薬味はニンニクだけでなく、生姜やタマネギも忘れないでと
いう方向で。
で、タタキでなくてお刺身とかだったら、やっぱり生姜かワサビで
あって、ニンニクではないでしょう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%e3%82%ab%e3%83%84%e3%82%aa
>刺身(芝づくり)
>刺身は美味とされるが、近縁のサバと同様に傷みが早い。〆方
>(しめかた)の方法により味が大きく異なってしまうとされ、
>〆る方法は漁師の腕の見せ所となっている。鰹の刺身は、本来
>皮付きにつくり(これを芝づくりという)、芥子醤油で食べる
>ことが古くは江戸の風俗であったが(英一蝶に「初鰹芥子がなくて
>涙かな」の句がある)、現代では鮪などと同様皮を落とし、生姜
>もしくはわさびで食べることが多い。特に生姜はカツオ料理の付け
>合せの代名詞的存在となっていて、カツオの旬の時期になると付随
>して生姜の売れ行きも伸びるほどである。上記の食べ方以外に、
>醤油マヨネーズを付けて食べる事もある。これは昔、ある漁船の
>船員が誤ってマヨネーズを掛けたサラダに鰹の刺身を落としてしま
>い、食べてみたら不思議と美味しかったと言う伝えがある。
2008/5/10 10:57
投稿者:藤岡真
同じ『笑うクスリ指』のP58にこう書いてあるのですが。
>そろそろ初カツオのシーズンだが、江戸時代、カツオにはカラシをつけて食べるのが習慣だった。
~中略~
>それほど人口に膾炙していた食べ方がすたってしまったのはなぜか。
>単なる文化伝承の途中の忘却ではない、何か理由があったのではないかと思われるが、これが分からない。
東京のまっとうな呑屋や寿司屋で「初鰹をカラシで」ってのはそんなに珍しいことじゃない。自分が知らないだけなんでしょうね。
「それほど人口に膾炙していた食べ方がすたってしまったのはなぜか」
すたれちゃいませんって。
>そろそろ初カツオのシーズンだが、江戸時代、カツオにはカラシをつけて食べるのが習慣だった。
~中略~
>それほど人口に膾炙していた食べ方がすたってしまったのはなぜか。
>単なる文化伝承の途中の忘却ではない、何か理由があったのではないかと思われるが、これが分からない。
東京のまっとうな呑屋や寿司屋で「初鰹をカラシで」ってのはそんなに珍しいことじゃない。自分が知らないだけなんでしょうね。
「それほど人口に膾炙していた食べ方がすたってしまったのはなぜか」
すたれちゃいませんって。
を追加しました。あちらもよろしくです。