トンデモない一行知識の世界 OLD - 唐沢俊一の「雑学」とは -

一部で有名な唐沢俊一の一行知識に、ツッコミを入れたり派生トリビアを書いたり。
「愚かで分別のない人と思われたいなら、唐沢俊一のトリビアを引用しなさい。」

 
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2008/4/26  20:58

これと『美しい星』以外の三島ネタはあまり語らない人  その他の雑学本 間違い探し編

『古本マニア雑学ノート 2冊目』 P.203
さて、その号の三島の原稿はタイトルを、「All Japanese are perverse」
(すべての日本人は間違っている)といういやに直接なものだが、その中
で、彼は日本人が“パートナア”の観念を欠落させていると説く。

その号」とは、澁澤龍彦責任編集の『血と薔薇』創刊号。「三島の原稿」は、唐沢俊一の
引用によると、以下のようなもの。
「たとえば、受身でマゾヒスティックなのは、一般的に女の特性と考へられ
てゐる。しかし、男が自ら受身でマゾヒスティックであることを好まないと
いふ確証はどこにもないのみならず、性的態度における積極性と軽度の
サディズムは、男の社会的虚栄心が作用してゐないという証拠はどこにも
ないのである」

これで「All Japanese are perverse」の perverse を、「性倒錯の」ではなく、辞書では最初
にでてくる「つむじ曲がり」「強情な」などでもなく、わざわざ「間違っている」と訳して、しかも
それを「いやに直接なものだ」などというのは、それこそ何か間違っていると思う。

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=perverse&stype=0&dtype=1
>1 〈人・言動などが〉つむじ[へそ]曲がりの, ひねくれた;〈人・性格などが〉非を
>認めない, 強情な
>・ a perverse disposition
>頑迷な気質
>・ It is perverse to think otherwise.
>そう考えないのはつむじ曲がりだ.
>2 〈人・言動などが〉邪悪な, よこしまな;性倒錯の.
>3 予期に反する;〈運命・環境・結果などが〉思いどおりにならない.

(Read More の最初にある、発端の書き込みについても別途まとめたいけど、とりあえず)。

追記: 2ちゃんねるのスレでの検証の続きを Read More に追加。
三島の文章の「しかし、それを分析するとなると、日本人はいつも間違ふ。」に引っ張られて、
すべての日本人は間違っている」と意訳 (誤訳) したという説はかなり説得力があると思う。


http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1208837414/132-
132 :無名草子さん:2008/04/23(水) 12:21:04
『笑うクスリ指』P88

>「健全な精神は健全な肉体に宿る」という考えが誤りであることは三島由紀夫を見れば分かる。
>彼の精神が病み始めたのは(それ以前に原因があったにせよ)、ボディビルなどで肉体を
>鍛えはじめてからである。

 おいおい! 三島由紀夫は精神を病んでいたのか? 幻冬舎も、よくこんなの許したよなあ。しかも、
理論がよじれていて、これではボディビルのせいで気が変になったようではないか。まあ、これには
唐沢俊一という好例があるけどね。
 さらに、三島が死の二年前に書いたエッセイを例に挙げ(なぜかそのエッセイがなんなのか、書名も書かれていない)、
その詳細かつ執拗な分類(恋愛行為の分類)癖を示して

>こういう、精神のあきらかな崩壊の兆候は、普通の場合、後から思えばアレが、というようなものとしてしか
>他人には認識できない。

 としているのだ。「精神のあきらかな崩壊」。三島由紀夫は発狂していたということでOKなんですね、唐沢先生?


466 :無名草子さん:2008/04/26(土) 11:59:29
>>132
> さらに、三島が死の二年前に書いたエッセイを例に挙げ(なぜかそのエッセイがなんなのか、書名も書かれていない)、
>その詳細かつ執拗な分類(恋愛行為の分類)癖を示して

>>こういう、精神のあきらかな崩壊の兆候は、普通の場合、後から思えばアレが、というようなものとしてしか
>>他人には認識できない。

> としているのだ。「精神のあきらかな崩壊」。三島由紀夫は発狂していたということでOKなんですね、唐沢先生?

『古本マニア雑学ノート』P.203 によると、澁澤龍彦責任編集の『血と薔薇』創刊号に
三島由紀夫の書いた「All Japanese are perverse」ですね。

> さて、その号の三島の原稿はタイトルを、「All Japanese are perverse」(すべての日本人は
>間違っている)といういやに直接なものだが、

perverse を、性倒錯とかじゃなくて「間違っている」にして、しかも「いやに直接なもの」と
するのは間違っているような気もするけど……。

これ、長々と引用しているんだけど、いくら出典明記とはいえ、書き写すのがしんどいとかいいつつ
4ページにもわたって引用というのも、どうかと思う。

このネタ、トンデモ本シリーズのどれかでも使い回ししていたような気がするし、
何度も使い回ししているうちに、書名を書くのも忘れてしまったという大ボケなんでは。

471 :無名草子さん:2008/04/26(土) 14:04:17
>>466
perverseって「あまのじゃく」とか「へそ曲がり」って意味じゃないかな?
原文を読んでみないと三島がどんな意味で使ってるかわからないけど。

472 :無名草子さん:2008/04/26(土) 14:24:55
>>466
>『古本マニア雑学ノート』P.203 によると

それ「2冊目」のほうだね。

p212にある「結局、その分類にも失敗し、彼は彼独自の精神主義を現実に
無理矢理あてはめようと、あの自衛隊乱入事件を起こす」って、自身の
勝手な解釈を断言しすぎじゃないか?

個人的には、三島にとって精神主義云々は仮面であって、実際の関心は
肉体にあったと思ってるんだが。

473 :無名草子さん:2008/04/26(土) 14:30:30
>>471
>「あまのじゃく」とか「へそ曲がり」
の意味もあるし、性倒錯もあるです。

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=perverse&stype=0&dtype=1
>1 〈人・言動などが〉つむじ[へそ]曲がりの, ひねくれた;〈人・性格などが〉非を認めない, 強情な
>・ a perverse disposition
>頑迷な気質
>・ It is perverse to think otherwise.
>そう考えないのはつむじ曲がりだ.
>2 〈人・言動などが〉邪悪な, よこしまな;性倒錯の.
>3 予期に反する;〈運命・環境・結果などが〉思いどおりにならない.

唐沢の引用している三島の文章は、こんな感じ。
>「たとえば、受身でマゾヒスティックなのは、一般的に女の特性と考へられてゐる。しかし、
>男が自ら受身でマゾヒスティックであることを好まないといふ確証はどこにもないのみならず、
>性的態度における積極性と軽度のサディズムんは、男の社会的虚栄心が作用してゐないという
>証拠はどこにもないのである」

何か入力していてイライラしてくるのは、この文体を劣化コピーされたような文章もまた
唐沢俊一が書くことも多いせいかなあ。

474 :無名草子さん:2008/04/26(土) 15:56:19
普通、英語で「パーヴァート」と言えば「ヘンタイ」という意味ですが。
少なくとも「間違っている」という意味ではない。
「間違っている」はwrong



まあ、唐沢だしな。
バカだし。

779 :無名草子さん:2008/05/03(土) 13:49:27
●三島由紀夫『All Japanese are perverse』について。

『血と薔薇 コレクション1』(河出文庫)を買ってきた。
手始めに一部を引用してみる。

>性愛における表象の優位はフェティシズムにつながるが、ほとんど
>男にしか見られぬこのperverseは、あらゆるperverseのうちで
>もっとも「文化的」なものであり、芸術や哲学や宗教に近接し、
>それらの象徴体系の隠れた基礎をなしている。表象固執と現実離脱の、
>これ以上みごとな結合は考へられぬであらう。

どうです?
ここだけ読んでも、三島が「perverse」を「性倒錯」という意味で
使っているのは明らかだと思うのだが・・・

更なる検証は後ほど・・・

906 :779:2008/05/06(火) 12:10:30
●三島由紀夫『All Japanese are perverse』について
冒頭部分(タイトルは冒頭に描かれたエピソードに由来)を引用してみる。

 ある若いアメリカ人の作家で、ロンドンに住んでゐた男がゐたが、小説家としては
必ずしも巧くないが、座談の光彩陸離たること、私のあらゆる外国人の友達のなかで
一番である。すでに二度離婚して、三度結婚、それぞれの前妻に四、五人の子供を
押しつけて、又自由の世界へ船出する生活の天才であるが、まあ、そんなことは
どうでもよろしい。
 私がたまたまロンドンのコヴエント・ガーデンで、リヒアルト・シユトラウスの
オペラ「エレクトラ」を見た話をして、
「実にすばらしかつた」
と云ふのを、聞きとがめた彼が、
「何がすばらしかつた?」
ときく。

〈続く〉

907 :906:2008/05/06(火) 12:11:43
〈続き〉

「何が、つて、音楽がさ」
「あのR・シユトラウスの音楽がかい」
「さうさ」
「君はあんなものが好きなのかい」
「ああ、好きさ。日本にはR・シユトラウスのフアンは沢山ゐる」
「Oh! All Japanese are perverse!」
とそのとき彼が言つたのである。

 私の耳にはこの言葉がいつまでも残つてゐる。なるほど日本の伝統文化には、官能の
多様性はみごとに纏められてゐる。しかし、それを分析するとなると、日本人はいつも
間違ふ。日本人ぐらゐ性の自己分析の不得手な国民はなからう。それは又一般的自己
分析のあいまいさといふ国民性と相俟つてゐる。

『血と薔薇 コレクション 1 』(河出文庫)p.33~34

908 :無名草子さん:2008/05/06(火) 12:40:45
タイトル・『All Japanese are perverse』が、このアメリカ人作家の言葉に由来
するのは一目瞭然である。
『血と薔薇』を「大学の講議の間もこの雑誌を手放さず、なめるように隅々まで読んで、
文字通り至福の時間を過ごすことができた」(『古本マニア雑学ノート 2冊目』)
という唐沢が、冒頭のエピソードを読み落としていたとは、さすがに思えない。
では、タイトルについて唐沢の言う「いやに直接なもの」という表現は、これを踏まえた
うえで書いているのだろうか?

また、アメリカ人作家が「Oh! All Japanese are perverse!」と叫んだのは、R・シュト
ラウスの音楽に性的官能の要素を感じ取ったものと思われるし、三島も即座にそれを理解
したようだ。
だが唐沢は、どうして音楽の話からフェラチオの話にまで飛躍するのかが理解できなかった
のではないか?

911 :無名草子さん:2008/05/06(火) 12:53:55
俺の高校時代に使っていた辞書で「perverse」を引いても
「ヘソまがり・つむじまがり」とういう意味は載っていても
「性倒錯」という意味は載ってない。
唐沢も、そのレベルの辞書しか参照しなかったので、「すべての
日本人はヘソまがり」?なんじゃそりゃ? となったんじゃないかな?
で、勝手な意訳(誤訳?)をしたと。
で、気になるのは、三島の文章にある「それを分析するとなると、
日本人はいつも間違ふ」という箇所。
アメリカ人作家の言う「Oh! All Japanese are perverse!」が
そこにつながってると思ったのかも。



   
 
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